特色
1)脳卒中・脳血管障害
「一次脳卒中センター」および「脳卒中S認定施設」として、24時間365日体制で脳神経外科専任医が従事し、迅速で包括的な救急診療を行っています。
また、未破裂脳動脈瘤、頚動脈狭窄症、脳動静脈奇形に対する治療は、複数の脳神経外科専門医、脳神経血管内治療専門医、サイバーナイフ治療担当医、認定看護師がカンファレンスで合同協議し、治療方針を検討しています。
技術指導医(手術実績数 クリッピング750件以上、バイパス術450件以上)を中心に、脳動脈瘤に対するクリッピング、虚血性脳血管障害に対するバイパス術を積極的に行っています。脳出血に対する神経内視鏡を用いた血腫除去術も行います。
脳卒中相談窓口では、脳卒中療養相談士による相談が可能です(2023年秋から 当センターで診療の患者様が対象 要予約)。
脳血管障害は、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血およびその他の脳血管障害に分類されます。
2)脳血管内手術
脳神経血管内治療学会指導医(脳血管内手術実績総数1330件以上、脳動脈瘤手術実施総数750件以上)を中心に、脳動脈瘤や脳動静脈奇形、頚動脈・頭蓋内動脈狭窄症など、頭頚部の血管疾患に対するカテーテル検査およびカテーテル治療を行っています。特殊性の高い硬膜動静脈瘻や脊髄動静脈シャント疾患、小児脳血管奇形などの手術も得意としております。
救急疾患である超急性期虚血性脳血管障害(心原性脳塞栓症、脳血栓症)に対する脳血栓回収術や経皮的脳血管形成術、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に対する脳動脈瘤コイル塞栓術、未破裂脳動脈瘤の治療成績は、自験例(2011年から2021年)320例で、症候性合併症リスクは1.01%、致死率は0%、術中破裂例は0%です。再治療率は6.45%でした。
・未破裂脳動脈瘤の治療については当医療センター病院情報誌特集をご参照下さい。
Tea Time vol. 81/2022 SUMMER
・頚動脈狭窄症の治療については当医療センター出版書をご参照下さい。「健康な100歳をめざして」p90-91, 桜の花出版, 2019
脳動静脈奇形に対する集学的治療の一端として、脳血管内手術よる部分塞栓術を行うことにより、サイバーナイフ治療や開頭摘出術を安全で効率的に実施することに寄与しています。
3)脳腫瘍
核医学検査装置(SPECT、PET)やFunctional MRI検査などを活用し、質の高い診断を心掛けています。
良性腫瘍に対して、技術認定医を中心に、手術用ナビゲーションシステムや神経内視鏡、神経機能モニターを駆使し、低侵襲で機能温存を意識した手術に努めています。術中出血の軽減を目的に摘出術前にカテーテル治療による術前塞栓術を行うことも可能です。
悪性腫瘍に対して、脳神経外科専門医であるがん治療認定医、放射線治療専門医が担当し、集学的治療を計画します。当医療センターでのサイバーナイフ治療や化学療法などが可能です。
転移性脳腫瘍に対するサイバーナイフ治療も積極的に行っています。
原発性脳腫瘍の中でも、悪性神経膠腫、脳悪性リンパ腫に対しては、EBM(Evidence based medicine:医学的根拠に基づいた医療)とNBM(Narrative based medicine:個々の患者さんの背景に基づいた医療)を目指しています。当科では、標準的な治療、非標準でも低侵襲な治療、試験的な新規治療(多施設共同臨床試験)、適応外治療(当センター倫理委員会申請の上で自由診療)などの治療選択があります。
当科で悪性脳腫瘍に対して行われている治療は以下の通りです。
1)悪性神経膠腫(悪性グリオーマ)
脳と背髄には、神経細胞(ニューロン)と神経線維以外に、その間を埋めて支えている神経膠細胞(グリア)があります。この神経膠細胞から発生する脳腫瘍のことを神経膠腫(グリオーマ)と呼びます。神経膠腫は、細胞や組織の性質によりさらに詳細な病理診断に分類され、また悪性度によりWHO分類でグレード1から4に分類されます。グレード3は退形成性神経膠腫、グレード4は膠芽腫と呼ばれ、グレード3と4を合わせて悪性神経膠腫と呼ばれます。悪性神経膠腫は、脳内に染み込むように大きくなる(浸潤する)ことが特徴です。つまり同じ場所に重要な正常脳組織と腫瘍細胞が混在しているため手術で全部取り除く(摘出する)ことが困難です。
①手術
術前にナビゲーションシステムを用いた術前計画を行い最適な開頭範囲を設定し低侵襲で適切なアプローチを設定します。手術中は5-ALA(5-アミノレブリン酸;アラベル® )による術中蛍光診断を併用し、安全範囲で十分な摘出を目指します。5-ALAの併用により手術後の無再発期間の向上が臨床試験で証明されています(Lancet Oncol. 2006 ;7(5):392-401.)。

左:ナビゲーションシステム画面
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中:術前MRI
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右:術後MRI
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②放射線治療
70歳以下の膠芽腫の患者さんに対しては、原則としてリニアック(直線加速器)を用いた標準的放射線治療(60グレイ・30分割)を薦めています。
70歳以上の膠芽腫の患者さん、深部の腫瘍で摘出が困難な患者さんに対しては、サイバーナイフによる定位低分割照射による短期間の治療での早期退院を薦めています。
再発悪性神経膠腫の患者さんには、2013年より悪性神経膠腫に承認された分子標的薬であるベバシズマブ併用による再照射(サイバーナイフ)を行い有効な治療効果が認められています(2014年の日本脳腫瘍学会で田部井が報告)。
< サイバーナイフ治療後のMRI所見:矢印の造影されない病変が徐々に縮小 >

③化学療法
初発膠芽腫の患者さんには、世界的な標準療法であるテモゾロミド併用放射線化学療法を薦めています(N Engl J Med. 2005;352:987-96.)。テモゾロミド(テモダール®)は内服の抗がん剤(アルキル化剤)で、初発および再発悪性神経膠腫の患者さんに広く使用されています。放射線治療後も1-2年間の維持療法を行うことで再発予防を図ります。従来の抗がん剤に比べて骨髄抑制(白血球が下がって免疫力が低下する、貧血になる、血小板が減って血が止まりにくくなるなどの副作用)が少なく、会社や家庭での日常生活を続けながら治療を行うことが可能です。主な副作用は「はき気」ですが、個人差が大きく患者さんの症状に合わせて、制吐剤(はき気止め)や漢方薬を組み合わせて副作用のコントロールに努めています。
膠芽腫に対する新規治療開発として、当センターは多施設共同臨床試験「自家腫瘍ワクチンによる初発膠芽腫治療効果無作為比較対照試験(AFTVac-Brain)」の参加施設であり、適応となる患者さんには積極的に臨床試験への参加を薦めております。
また杏林大学脳神経外科との共同研究として、腫瘍検体からテモゾロミドの感受性規定因子であるMGMT(O6-methylguanine-DNA methyltransferase)遺伝子プロモーター領域のメチル化を測定し治療方針決定の助けとしています。
血管内皮新生因子(VEGF)に対する分子標的薬であるベバシズマブ(アバスチン®)は、造影病変の縮小と脳浮腫の改善により神経症状を改善する効果があり、テモゾロミド治療後の再発悪性神経膠腫の患者さんに有効な治療として積極的に使用して来ました。保険承認前からを含め2015年2月現在、すでに30名以上の患者さんに投与しております。しかし、ベバシズマブを初発から使用する大規模な第Ⅲ相臨床試験(RTOG0825, AVAglio: N Engl J Med 2014;370:699-708,709-22.)では、再発までの期間は延長するものの生存期間は延長しない結果でした。ベバシズマブには、高血圧や鼻出血、タンパク尿などの副作用のほか、頻度は低いながら、脳出血、血栓症(脳梗塞、心筋梗塞、深部静脈血栓症)、創部離開など重篤な副作用があります。そのため手術により神経症状の改善が得られた初発の患者さんには、標準治療をお薦めしています。
ベバシズマブ治療後の再発に対しても、ベバシズマブ併用での再照射(サイバーナイフ)で脳放射線壊死を抑制しながら有効な治療効果を得ています。術前およびサイバーナイフ治療前の精査、テモゾロミドやベバシズマブ治療後の治療効果判定のため必要に応じて、アミノ酸代謝で脳腫瘍の活動性を評価するメチオニンペット検査を行っています。
その他、2014年の米国脳腫瘍学会で初発膠芽腫に対する有効性が報告(EF-14;Neuro Oncol 2014;16(suppl 5):v167.)されたNovoTTF (頭部に張り付ける電極を介して低強度の中周波電場を伝達することで細胞分裂を阻害する携帯型の医療機器)を悪性神経膠腫の患者さんの治療選択の一つとして取り入れております。当センターでは行っていない新規治療に関しても、他の脳腫瘍専門施設へ臨床試験あるいは治験への参加をご紹介しており、個々の患者さんの背景・要望に応じた最適な治療を提供できるように努めております。
④外来診療・緩和医療
脳腫瘍の症状による不自由や不安を解消するため患者さんひとりひとりに時間をかけて外来診察しています(そのため外来での待ち時間が長くなることがありますのでご理解願います)。悪性神経膠腫は、様々な治療によっても再発、進行し治療困難な状況となることが多い疾患です。当科では、治療困難な病状となっても緩和ケア科、患者支援センターとの緊密な連携により、終末期まで切れ目のない緩和医療、在宅ケア、在宅困難な場合の療養先をご提供します。
2)脳悪性リンパ腫
脳悪性リンパ腫は、原発性脳腫瘍の約3%の稀な疾患です。脳にはリンパ組織がないにもかかわらず脳内に発生する血液悪性腫瘍で、50歳以上が80%と高齢者に多く増加傾向にあると言われています。リンパ球は大きく分けてT細胞とB細胞の2種類がありますが、脳悪性リンパ腫の場合、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫が90%以上を占めます。
放射線治療、化学療法に感受性が高いことから、手術は診断のための生検のみにとどめることが一般的です。
当科では、脳悪性リンパ腫に対して、現在最も良好な治療成績(J Clin Oncol. 2013;31(31):3971-9.)が報告されているリツキシマブ(R)と大量メソトレキセート療法(M)を中心とした多剤併用化学療法(R-MPV療法)を行っています。60歳未満の患者さんは、寛解導入後に減量全脳照射およびキロサイド(Ara-C)による地固め療法により治癒を目指します。60歳以上の患者さんは、化学療法単独で治療し高次脳機能の温存を図っています。全身状態と腎機能が保たれていれば、高齢の患者さんでも安全に行うことができます。
3) 転移性脳腫瘍
肺がんや乳がんなどからの転移で起こる転移性脳腫瘍の治療に関しては、脳神経外科医、サイバーナイフ担当医、放射線科医、化学療法科あるいは内科・外科原発病巣の担当医、薬剤師などと脳腫瘍カンファランスを開き、手術、全脳照射、サイバーナイフ等、個々の患者さんで最も適した治療を検討し行っています。また、当科が運営するサイバーナイフセンターでは他院からのご紹介を随時受け付けています。
4) 脳放射線壊死に対するベバシズマブ治療(自由診療)
サイバーナイフやガンマナイフなどの定位放射線治療、その他の高線量照射の副作用である脳放射線壊死の治療には副腎皮質ステロイド剤による内科的治療が一般的に行われています。そのほか抗凝固剤、ビタミンE、手術(開頭手術による壊死巣の除去)などがありますが確立された治療はありません。近年、血管内皮新生因子(VEGF)に対する分子標的薬であるベバシズマブ(アバスチン®)が、従来の治療法よりも効果があるのではないかと期待されています (Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2011;79(5):1487-95.)。脳放射線壊死に対するベバシズマブの静脈内投与は、先進医療として治療効果や安全性を検討する臨床試験が行われ2013年1月に終了となっており、将来的には脳放射線壊死の患者さんが通常の保険診療としてこの治療を受けることができる可能性がありますが、現時点では保険適応はありません。当科では本治療の適応となる患者さんに、「症候性脳放射線壊死を対象としたベバシズマブの静脈内投与の安全性と有効性に関する臨床的研究(2013年3月25日 当センター倫理委員会426号)」として、個人輸入による適応外使用 (自由診療)を行っています。
4)頭部外傷
救命救急センターでは、当科主導で重症頭部外傷の救急診療を24時間365日体制で行っています。
5)小児脳神経外科(水頭症、脊髄髄膜瘤、脊髄脂肪腫、小児脳腫瘍)
小児神経外科認定医を中心に、周産期センターと連携して、出生前に診断された脳脊髄疾患、新生児や乳幼児の脳脊髄奇形や脳血管奇形など、難易度の高い治療にも対応しています。頭蓋骨早期癒合症などの頭蓋変形や脊髄脂肪腫、脊髄係留症候群などの診断および治療も積極的に行っていま
6)機能性神経疾患
顔面痙攣や三叉神経痛、舌咽神経痛などの機能性神経疾患に対して、薬物療法、ボトックス治療、手術治療を検討します。手術については、技術指導医により手術用ナビゲーションシステムおよび神経機能モニターを駆使した低侵襲手術で早期退院が可能です。
水頭症に対するシャント手術、麻酔科と共同での脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)に対する硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ療法)も行っています。
7)サイバーナイフ治療
サイバーナイフはさまざまな方向から病変に集中して放射線を当てることができる定位放射線治療機器です。周囲組織への照射線量を低く抑える一方で、病変に対しては高い線量を高精度でピンポイント照射することが可能なため、「切らずに治す」身体に優しい治療法です。当センターでは2008年4月の導入以来、頭蓋内疾患ならびに頭頚部疾患を中心に積極的に治療を行ってきました。2012年からは対幹部がんに対しても治療を行っており、日本でも有数の症例数を誇ります。脳神経外科領域に関しては、ほぼ全ての病変が治療対象となってきており、サイバーナイフ専任の脳神経外科専門医が担当しています。治療にかかる日数は病変の大きさや個数、場所によって異なりますが、概ね1〜10日程度で、1回の照射時間は15〜30分です。治療に際して入院の必要はなく、外来通院での治療が可能です。また、治療中に日常生活の制限はありません。
<サイバーナイフの主たる対象疾患(脳神経外科領域)>
頭蓋内(転移性脳腫瘍、神経膠腫、髄膜腫、下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、聴神経腫瘍、脳動静脈奇形など)
脊椎脊髄(転移性腫瘍、髄膜腫、神経鞘種、脊髄動静脈奇形など)
機能的疾患(三叉神経痛)
8)リハビリテーション
脳神経疾患は、治療後にも日常生活や復職に支障となる障害が後遺する可能性があります。低侵襲治療に努め、リハビリテーション科主導で早期自宅退院や社会復帰に向けて、入院中は早期より急性期リハビリテーションを励行しています。急性期以降は、回復期リハビリテーション病院と連携し、必要時に速やかにリハビリテーションに専念して頂けるようメディカルソーシャルワーカーが転院調整をはかっています。