先天性食道閉鎖症術後難治性吻合部狭窄
先天性食道閉鎖症では、閉鎖部の上下の食道端の間の距離が長いため、手術でつないだ部分(吻合部)にtensionがかかり、狭くなりやすい傾向があります。手術後一定期間の後に内視鏡的バルーン拡張術により狭窄部を拡げますが、ただ拡げるだけでは再狭窄をきたしやすく難治性になる症例があります。当科では、バルーン拡張時に食道粘膜下にステロイドの注入を行うことで再狭窄をほぼ100%予防することに成功しています。
畑中玲,中原さおり,石田和夫.:食道閉鎖症術後吻合部狭窄に対するtriamcinolone acetonide局所注入の有効性.日小外会誌 47(5) 821-826, 2011
胎便関連腸閉塞
在胎28週未満に出生した超早産児や体重1,000g未満で生まれた超低出生体重児では、腸管機能の未熟性のために、粘稠な胎便を押し出すことができずに腸閉塞のような症状を呈することがあります。時には消化管穿孔を起こしたり、全身状態が悪化したりして生命の危険にさらされることもあります。このような症例に対しては肛門から高圧浣腸をかけて胎便を溶かしながら排便を促すことが行われていましたが、安全な方法が確立されていませんでした。そこで、当科では新生児科と連携して早期にこのような状況に介入し、また具体的な浣腸の圧や方法を定めることによって、穿孔症例を大きく減らすことができるようになりました。
Akira Hatanaka, Saori Nakaahra, Eriko Takeyama, Tadashi Iwanaka, Kazuo Ishida:Management of extremely low birth weight neonates with bowel obstruction within 2 weeks after birth. Surg today 44:2269-2274, 2014
先天性上部消化管閉鎖症に合併する臍帯潰瘍
「臍帯潰瘍」という言葉をお聞きになったことのある方は、ほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。 これは、胎児の発達の段階で十二指腸や空腸という上部消化管に閉鎖が起こった赤ちゃん(胎児)に、ごく稀に起こる病気です。臍帯(へその緒)を形成しているワルトンゼリーという白色の組織が溶けてしまい、赤ちゃんに血流を送っている血管がむき出しになった状態を言います。さらに稀にはこの血管が破綻し大出血を起こすことがあります。出血はお母さんのおなかの中にいる間に起こるので、出血が起こっても気が付かれず、多くの場合、短時間の間に赤ちゃんは失血死してしまうという危険な病態です。胎児エコー検査により上部消化管閉鎖症の診断は可能になっていますが、胎児エコー検査の精度が上がった今日でも、臍帯潰瘍出血のリスクを判定する方法はありません。
日赤医療センター小児外科では、稀ではありますが死亡率の非常に高いこのような赤ちゃんのリスクを何とか予測できないか、と産婦人科、新生児科、病理検査部と共同して研究を行っています。通常、赤ちゃんはお母さんのおなかの中では羊水を飲み込んでいるのですが、上部消化管に閉鎖がある赤ちゃんでは、羊水が腸の中を通っていかないので、飲み込んだ羊水を吐いていることがわかっています。臍帯潰瘍は上部消化管閉鎖症をもつ赤ちゃん以外ではほとんど見られないことから、赤ちゃんの吐物によってワルトンゼリーが溶かされているのではないかとの仮説があります。しかし、これまでの研究ではワルトンゼリーを溶かす成分は特定されておらず、臍帯潰瘍が形成されるメカニズムも明らかになっていません。私たちは、上部消化管閉鎖症をもつ胎児の羊水中のトリプシン(膵臓から分泌されるタンパク分解酵素)が、本症では著明に上昇していることをつきとめました(コントロール群170ng/mlに対し、上部消化管閉鎖症では 26,100ng/ml)。
現在は、当センターの倫理委員会の承認のもと、当センターで出産されるお母さん方の協力を頂き、提供して頂いた正常臍帯を使って臍帯潰瘍を再現する研究も行っています。私たちは、このような研究によって臍帯潰瘍発生のメカニズムを解明するとともに、出血のリスクを判定し、ハイリスクの赤ちゃんについては出血に至る前に出産を誘導することによって、お母さんの腕の中に元気な赤ちゃんを届けたいという強い想いで取り組んでいます。
正常の胎盤と臍帯
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臍帯潰瘍出血をきたした胎盤と臍帯
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正常の臍帯の病理写真
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臍帯潰瘍が形成され
血管がせり出した臍帯の病理写真
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臍帯潰瘍出血をきたした
臍帯の病理写真
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中原さおり,松本順子,市瀬茉里,畑中玲,武山絵里子,与田仁志,武村民子,石田和夫:胎児上部消化管閉鎖症における羊水膵酵素濃度の解析 日本小児外科学会雑誌 49:1217-1223, 2013
壊死性腸炎
早産児や低出生体重児などの小さな赤ちゃんに稀に発症する壊死性腸炎という重い病気があります。その原因はまだ完全にはわかっていませんが腸への血流障害と細菌感染により腸が壊死すると考えられています。最近の新生児医療の進歩により体重の小さな赤ちゃんの命が助かるようになってきたため、壊死性腸炎の発生が増加しているといわれています。早期に診断がつけば、ミルクを中止することによる腸の安静や抗生物質の投与といった内科的な治療で軽快しますが、腸に穿孔が起こったり、腸管の壊死が広範囲に起こると手術等の外科的な治療が必要になります。穿孔した場合はレントゲン検査で判りますが、低出生体重児では、穿孔の前に広範囲の腸が壊死していても腹部所見で診断がつかない例もあります。また血液検査も十分に病勢を反映しないことが多く、手術の適応・タイミングの判断は非常に難しい病気です。
我々はこの病気を早期に診断し、適切な治療を行うための指標として尿中Prostaglandin-E major urinary metabolite(PGE-MUM)を測定する試みを行っています。尿中PGE-MUMは成人の潰瘍性大腸炎で上昇することが知られており、腸管の炎症を反映する指標として有用であるといわれています。我々は、この尿中PGE-MUMの値が壊死性腸炎の進行具合を反映するのではないかと考えています。赤ちゃんの尿0.5mlで測定ができます。体の炎症の様子を検査する方法として通常は血液検査が行われますが、繰り返しの採血は貧血の原因になるなど、赤ちゃんに負担がかかってしまいます。特に小さな赤ちゃんの採血は新生児科医の繊細で非常に高度な技術が必要となります。それに対して、PGE-MUMの測定は尿パックやおむつ内のガーゼを絞るなどして尿0.5mlのみでできます。この検査の有用性が証明されれば、採取における特別な技術を要せず、赤ちゃんに負担がかからずに壊死性腸炎の進行度の診断がおこなわれ、適切な治療の選択に有用になると期待しております。
我々は、一人でも多くの赤ちゃんが元気で退院できるように診療と研究に取り組んでいます。
(現段階では、小児における尿中PGE-MUMの正常値はわかっていません。ご承諾が頂ければ入院中の赤ちゃんの尿の一部を頂くかもしれません。その節は御協力のほどお願いいたします。)