HIV感染症
HIVに感染すると、CD4陽性細胞と呼ばれる免疫を担当する細胞が減少し、重篤な免疫不全に至り、日和見疾患と呼ばれるさまざまな感染症をはじめとした疾患を発症します。世界では2023年末で約3990万人がHIVに感染しているとされています。本邦では、新規の報告数はここ数年年間1,000人前後で、2024年までの累積報告数は36,381人となっています。
HIV感染症は、以前は有効な薬剤がなく治療が困難な疾患でしたが1990年代後半から有効な薬剤が開発され、生命予後は大幅に改善しています。当初は多数の薬剤の内服が必要で、薬剤の副作用も多く見られていましたが、薬剤の進歩は目覚ましく、より副作用が少なく1日の内服回数や錠数も少ない治療になっています。当センターでは2023年よりカボテグラビルとリルピビリンの注射製剤を用いた2か月に1回の注射による治療も導入しています。現在の医療では治癒は困難であり、定期的に通院し、長期に内服を継続することが必要ですが、HIVを抑え、CD4陽性細胞数を回復、維持し、日常生活を送っていくことが十分可能になっています。
当センターはエイズ診療拠点病院として近隣の医療機関からもご紹介を頂き、診療を行っています。診療にあたっては医師のみならず、看護師、薬剤師、臨床心理士などからなるHIVケアチームやソーシャルワーカーとも連携し、患者さんの治療が成功するようにサポートしていきます。
梅毒
近年、東京都内で梅毒の感染者数が急増しており、深刻な公衆衛生上の課題となっています。2024年には、報告された患者数が3,760人に達し、感染症法に基づく調査開始以来、過去最多を記録しました。感染者の年代別では、男性は20代から50代、女性は20代が特に多く、若年層を中心に感染が拡大しています 。
梅毒は、性的接触を通じて感染する感染症であり、初期には痛みのないしこりや発疹などの症状が現れますが、無症状のまま進行することもあります。治療を行わず放置すると、数年後に合併症を引き起こす可能性があります。また、感染後に免疫ができないため、何度でも再感染することがあります 。
当センターとう感染症科では、梅毒の診断や治療を行っています。治療には従来使用されていた内服薬に加え、筋肉注射用ペニシリン製剤を導入しています。これにより早期梅毒では1回の筋肉注射での治療が可能になっています。
感染症診療
感染症にはさまざまな種類があり、その感染症を起こしている微生物にもさまざまな種類があります。このため、その治療にあたってはその起因微生物を適切に想定し、それに有効な抗菌薬を選択することが重要です。感染症科では、感染症にかかっている臓器とその起因微生物を明らかにすることを重視しています。このためにはグラム染色などの微生物検査が有用であり、微生物検査室とも連携し、診療にあたっています。これらの情報を総合し、適切な治療の選択を行うように努めています。
当センター感染症科ではインフルエンザ、尿路感染症など日常的によくみられる一般的な感染症からデング熱などの渡航に関連する輸入感染症など、幅広い疾患に対応しています。また、発熱が続いているといった、まだ明確な診断がついていない段階であってもまず丁寧にお話をうかがい、身体診察をしっかり行うことを大切にしています。そのうえで、必要な検査を適切なタイミングで実施し、診断につなげ、治療を行うよう努めています。外来診療・入院診療のいずれにも対応しており、重症例や複雑な病態の場合には、他の診療科や医療機関と連携するなど、患者さんにとって最適な医療を提供できるよう心がけています。
感染症コンサルテーション
感染症は、あらゆる診療科で扱うことのある疾患で、多くの場合はそれぞれの診療科で適切な診断と治療が行われています。一方で、診断や治療に難渋することもしばしばあります。これには感染症の診断自体が難しい場合、感染症を起こしている微生物が明らかにならない場合、感染症を起こしている微生物に対する薬剤の選択が難しい場合など、さまざまな理由があります。このような場合に、各診療科の先生方からご相談を頂き、感染症医としての視点から患者さんを拝見し、ともに診療にあたることにより、患者さんのより効果的な治療に貢献できるように努めています。
院内感染対策
感染症診療は成立した感染症を治療するものですが、感染対策は感染症を予防し、コントロールするものです。感染症診療、感染管理はいずれも重要で欠けてはならないものです。当センターの感染症科の医師はインフェクションコントロールドクター(ICD)の資格を有し、感染管理室と連携し、インフェクションコントロールチーム(ICT)の一員として感染対策を行っています。複数の職種が日常的に緊密に連携して対応することにより、より迅速で有効な感染管理を行うことができるよう努力しています。
抗菌薬適正使用
近年、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性菌が問題となっています。抗菌薬は微生物を壊したり増殖を抑えたりすることにより、その微生物による感染症を治療することができます。一方で、微生物は抗菌薬にさらされることにより、抗菌薬によって壊されたりしないような方法を講じます。これが成功し、抗菌薬が効きにくいタイプの微生物となった場合に薬剤耐性菌と言われます。このように抗菌薬の使用は感染症の診療に有効な一方で、薬剤耐性菌が増える要因の一つにもなります。
しかし、抗菌薬の使用はそれが有効な感染症の治療に不可欠なものです。このため、抗菌薬が必要かどうかを判断することが重要です。抗菌薬が必要な場合にはその感染症の治療に適切な抗菌薬を選択し、しっかりと治療する。そして抗菌薬が不要な場合には使用しないといった診療を積み重ねていくことが、薬剤耐性菌の出現を抑制し、将来にわたって有効な抗菌薬を残すことができると考えられます。
私たちは抗菌薬適正使用推進チーム(AST)の一員としてこのような抗菌薬適正使用についても取り組みを継続しています。