救命救急センターのご紹介

はじめに

当医療センターは東京都区西南部地域(渋谷区・世田谷区・目黒区)医療圏に位置する地域基幹病院であり、救急告示病院、救命救急センター、総合周産期母子医療センター、地域がん診療連携拠点病院、地域医療支援病院、そして災害拠点病院を担っています。
当医療センターの救急医療は診療各科の一部分であるにすぎない歴史が長く続きました。ただ赤十字社の精神はその中にも顕在し、当時の組織の中でも救急医療を提供しているものの、体系的な形を為していなかったのは事実です。
そういったなかで世の中の求める医療現状が「専門科診療」と「救急医療」の2本立てであることが明確となってきた時節に、当医療センターも体系的な救急医療の取り組みを避けては通れないことを認識し「救命救急センター」を稼働へと進化した上で、日本赤十字社として「災害医療」と「専門診療」の歴史を「救急医療」が引き継ぎ、理想的な医療の方向性が確立したものと考えます。

救命救急センターの特徴・特色

日本赤十字社医療センターと救命救急センター

当救命救急センターの立地と現況

東京都区西南部地域(渋谷区・世田谷区・目黒区)の二次医療圏に位置し、人口120万人余を対象としておりますが、昼間人口は東京都の推計人口予測によると当医療圏には162万人余が存在するとされています。また渋谷駅(JR山手線、埼京線をはじめ、東京急行2路線、東京メトロ2路線)の乗降旅客数は215万人に上り、圏内の駅は50余が存在し、通過人口を含めると数百万単位での人口通過が予測されます。医療圏外でも港区、新宿区を近隣に控え、首都「東京」という特殊性を鑑みても単純に医療圏では算定できない人口数を抱えている地域であります。
当医療圏内には国立病院機構東京医療センター(目黒区)、東京都立広尾病院(渋谷区)にも救命救急センターが存在しますが、近隣地域では東京医科大学病院(新宿区)、慶應義塾大学病院(新宿区)、国立国際医療研究センター(新宿区)、東京女子医科大学病院(新宿区)の位置する区西部地域や、昭和大学病院(品川区)、東邦大学医療センター大森病院(大田区)の位置する区南部地域、東京都済生会中央病院(港区)の位置する区中央部地域において救命救急センターならびに3次救急医療提供医療機関が過密集中する中でそれぞれの地域に発生する救急事案に広域に対応することが求められています。

当医療センターにおける救急医療の変遷

当地における救急医療提供の歴史は長く、戦前の日本赤十字社中央病院当初から救急診療のための組織(救急部)や施設(救急外来)の設置はされていないものの、救急医療を提供していました。昭和47年に日本赤十字社中央病院と日本赤十字社産院が統合され日本赤十字社医療センターとなり、旧病院建屋に名実共に統合された昭和51年4月に初めて病院組織図内に救急部が組織され、救急部施設(救急外来)の設置が成され、看護単位を配置するとともに救急病床(5床)を有していました。二次救急医療を24時間体制で提供し、昭和52年1月に「東京都指定救急告示病院」となりました。

平成18年4月に「救急医」が赴任し、救急部から「救急科」へ組織改編されました。これは「救命救急センター設置」にむけた当医療センターの大きな一歩でありました。 研修医の救急科研修も始まり、平成20年10月31日に「東京都救命救急センター」として認可されました。

これにより、当医療センターの診療の3本柱「救急診療・がん診療・周産期診療」が整うこととなりました。救命救急センター稼働から半年を経た平成21年3月25日には救急診療と周産期診療が協働して「東京都母体救命搬送システムの基幹病院(スーパー総合周産期センター)」となり、当医療センターの診療の2つの柱(周産期・救急医療)を活かした体制が確立しました。さらに平成22年6月には地域医療への医療連携の充実を目指した「救急医療の東京ルール:地域救急医療センター構想」への区西南部地域・幹事病院としての参画をいたしました。

救命救急センターの実績

東京都内には平成27年1月現在で26施設の救命救急センターがありますが、当センターは23施設目として平成20(2008)年10月31日に認可され、開設されました。当医療センターが提供していた一次、二次救急医療の上に「三次救急医療」を追加する形で始まり、これにより心肺停止や重症外傷、敗血症などの重症病態患者が当センターに救急搬送されてくるようになりました。

救急患者数の推移(下表)によれば、総受診者数は若干の変動はあるものの、年間25,000人程度で推移しています(現在は新型コロナウイルス感染症の流行により診療体制を制限しているため、患者数は減じています)。
2020年より新型コロナウイルス感染症により著しい診療環境の変化が生じ、当救命救急センターは地域(医療圏)に求められる重症患者の治療に重きを置く運営へと方針変更してまいりました。
2022年は、2020年より続く新型コロナウイルス感染症の第6波~第8波が発生したなか、最も大きな救急医療環境の変化を経験し、応需率の低下(救急要請数の急増)を記録しました。

救急患者数の推移

         
総受診数 救急搬送数(応需率) Hotline数(応需率) ※1 東京ルール
2003年度 26,528 4,742    
2004年度 28,508 5,270    
2005年度 27,105 4,898    
2006年度 25,001 6,701    
2007年度 24,110 6,433    
2008年度 23,500 6,153 246 ※2  
2009年度 24,876 5,735 633  
2010年度 24,575 7,041 802 293 ※3
2011年度 22,330 5,933 770 168
2012年度 22,528 5,783 716 199
2013年度 28,724 5,493 621 187
2014年度 25,833 5,194(77.2%) 640(83.6%) 153
2015年度 26,356 5,716(81.4%) 535(80.5%) 143
2016年度 26,768 5,692(77.8%) 536 130
2017年度 25,704 5,838(81.5%) 497 115
2018年※4 24,779 6,175(86.8%) 570 108
2019年 23,055 5,194(85.3%) 503(85.2%) 132
2020年 13,944 ※5 3,862(83.6%)※5 602(88.8%) 249
2021年 11,789 ※5 3,764(72.7%)※5 772(82.7%) 202
2022年 9,900※5 4,406(64.0%) 1,077(49.9%) 570

※1 東京消防庁選定による3次救命対応依頼応需数
※2 2008年10月31日に救命救急センター稼働のため 10/31~翌年3/31
※3 2010年6月28日より運用開始のため 6/28~翌年3/31
※4 2018年より、1~12月の実績
※5 新型コロナウイルス感染症の流行による診療方針の変更のため

救急車来院患者は終日受入数で換算されていますが、非救急車来院患者(自力受診;walk in)は「時間外受診のみ」であるため、休日受診数は100人超であることも稀ではない現状です。
医療崩壊に伴い、救急告知病院が減少している昨今において、受診患者の集中が顕著となっているわけではありませんが、休日における「小児患者」の占める割合(図1)が大きいことが挙げられます。ここ数年においては行政の受診相談システム(#7119)や医療情報提供システム(ひまわり)の運用により「救急車の要請数増加の抑止」「救急受診集中の回避」に効力が発揮されているものと考えますが、「コンビニ受診」的な様相が一掃されたわけではないのも事実です。